聖徳太子
TOP>>聖徳太子と仏教>>橘寺・中宮寺・法起寺・葛木寺

橘寺・中宮寺・法起寺・葛木寺

聖徳太子が建立に関わったとされる七大寺の、残りの四つを紹介しましょう。聖徳太子が直接建立に関わったのは法隆寺だけで、他の寺は指示をしただけとも言われていますが、どんな寺なのでしょうか。

橘寺

橘寺は、奈良県の明日香村にある寺です。聖徳太子が生まれたとされる地に建てられています。用明天皇の別宮を太子が寺にしました。建てられた当初は、四天王寺式伽藍配置でとても規模が大きくて立派なものだったと想像されます。

伽藍

本堂(太子堂):1864年に再建されています。重要文化財の聖徳太子の坐像が本尊になっています。

観音堂:重要文化財の如意輪観音菩薩坐像が安置してあります。

二面石:右と左に善相と悪相が掘られている高さ1メートルほどの石が境内にあります。人の心の中の二面性を表わしています。

五重塔跡:橘の花をモチーフにした芯柱の礎石があり、過ぎ去った時を思わせるものです。

重要文化財

木造聖徳太子坐像(35歳の姿とされています)、木造伝・日羅立像、木造如意輪観音坐像、木像地蔵菩薩立像、絹本著色太子絵伝、石灯籠

中宮寺

奈良県生駒郡斑鳩町にある、法隆寺と隣り合った場所にある寺です。621年に聖徳太子が母である穴穂部間人皇后の御所を寺にしたと言われています。作られた当初は現在の位置よりも500メートルほど東に位置していて、16世紀の終わりに現在の位置に移されました。無住職になった時代もあり、価値のあるものは法隆寺に移された過去もありますが、1602年の慈覚院宮を初代として、門跡尼寺として現代まで続いています。

伽藍

旧伽藍は現在地よりも550メートル東の場所で、史跡に指定されています。現在の本堂は1968年に建てられた、和風現代建築です。

国宝

木造菩薩半か像:飛鳥時代の作品で本尊です。クスノキで作られ、奇木技法では最古のものです。

天寿国繍帳残けつ:染織物ですが、非常に保存の難しいもので、断片ではありますが、飛鳥時代のものとして大変貴重なものです。本堂にあるのはレプリカで、本物は奈良国立博物館にあります。

重要文化財

紙製文殊菩薩立像:紙の張り子でできた鎌倉時代に作られた、珍しい作品です。重要文化財の彫刻の中で、紙でできたものはこれだけです。現在は東京国立博物館にあります。

紙本墨書ゆ伽師地論二巻:奈良時代の作品です。

法起寺

法起寺は奈良県生駒郡斑鳩町岡本にある寺で、かつては岡本寺や池後尼寺(いけじりにじ)とも呼ばれていました。聖徳太子が建てた七大寺の一つにもあげられていますが、正確には太子の没後数十年してから完成しています。太子の意思により、息子の山背大兄王が岡本宮を寺にしたのが始まりといわれています。建立当時のもので現存しているものは三重塔のみになりますが、長い歴史の中で再建されている寺が多い中で、当時のものがそのまま残っている珍しいケースといえるでしょう。もちろんこの三重塔は日本最古のもので、国宝に指定されています。

伽藍

三重塔は高さ24メートルになります。途中大きく改造されましたが、1970年から1975年にかけての解体修理の際に、建てられた当時の形に復元されました。あとは1694年に再建された講堂と、1863年に再建された聖天堂からなります。

重要文化財

木造十一面観音立像:高さ3.5メートルの10世紀の終わりの作品とされています。収蔵庫に安置されています。

銅像菩薩立像:現在は奈良県立博物館にあります。7世紀終わりの作品とされています。

葛木寺

葛木寺は尼寺であったと言われていますが、七大寺の中で唯一寺が現存しておらず、その所在も明らかではありません。諸説がありますが、中でも有力なのが奈良県橿原市にある和田廃寺と呼ばれるものがそうではないかと言われています。現在では小高い土の盛り上がりに草が茂っているだけですが、果たしてここが葛木寺のあった場所なのでしょうか。現在でも調査は続けられています。

このページをブックマークする


聖徳太子